紀元前6世紀ころの中国の哲学者、老子(ろうし)の思想は、書物として現代に残されています。
その中でもよく知られているのが、「無理をせずに自然に生きること」という教えです。では、なぜ無理をしたらいけないのか、その理由はこんなふうに説明されています。
水を満たした容器を持ち続けることは難しい。鋭く鍛えた刃物の切れ味を保ち続けることは難しい。最高の状態を持続するということは難しいことであり、ほどほどのところで止めておくのが大切である、と。
また、最高の状態を維持することはできないのだから、ほどほどのところで身を引くのが肝心。金持ちになり、おごり高ぶり威張っているようでは、自分から災難を招き寄せてしまう。するべき仕事をやり遂げたら、執着せずさっさと引退する。これが、自然にかなった正しい生き方である、とも。
老子は、自然な無理をしない生き方を、「天の道」または「天道」という言葉で表しています。これらの場合の天とは自然を意味しています。
文明社会の中で暮らしていると、私たち人間も自然の中に生きる一員だ、ということを忘れがちです。老子は、文明の誘惑を退けることも大切だと説いています。
色とりどりの美しい色彩は人の目くらませる。賑やかに演奏される音楽は、人の耳をダメにする。贅沢で珍しい料理は、人の口をおかしくさせる。乗馬や狩猟を行う楽しさは人の心を狂わせる。手に入れにくい価値ある品物は人間の正しい行動を妨害する。と。
真の幸せは、質素であっても人間らしい健康な生活と、現在与えられているものに満足するところにある、というのが老子の人生哲学です。老子の時代から、ずいぶん時代は変わりました。それでも人間の生き方や幸せは、さほど変わりが無いのかもしれませんね。